みんなの力で教育格差をなくそうというコンセプトを掲げるスタディクーポン・イニシアティブ。今回はイニシアティブの立ち上げメンバーで、NPO法人キズキの理事長を務める安田祐輔さんに話を聞きました。
【話を聞いた人】
安田祐輔 スタディクーポン・イニシアティブ / NPO法人キズキ理事長
1983年神奈川県横浜市生まれ。2010年、不登校、ひきこもり、中退、再受験など、「もう一度勉強したい」人のための個別指導塾「キズキ共育塾」を開設。その後NPO法人化。親の所得によって、子どもたちが学びの機会を選択できないことに違和感を覚え、スタディクーポン・イニシアティブの立ち上げに参画。
ーーー安田さん 、今日はよろしくお願いします。実際に塾を通して様々な子どもたちと接している安田さんだからこその視点で色々伺ってみたいです。
こちらこそよろしくお願いします!
「大学に行ければもしかしたら何か変わるかもしれない」
ーーー安田さんご自身にとっての受験や学習塾に関する思い出からお願いします。
はい。僕は中学、高校、大学と、全ての過程で受験をしています。高校受験のときは全然勉強していなくて、毎学期クラスメイトが中退していくような地方の公立高校に入ったんです。
実は、私は親が4回も離婚していたり、自分自身も12歳で家を出たりと、「人生で何をやってもうまくいかない」と感じていました。ただ、そんな高校時代でも「大学に行ければもしかしたら何か変わるかもしれない」とも思っていたんですね。
大学受験に向けて最初は自力で勉強していたんですけど、やっぱり全然わからなくて。「これは塾に行かないと無理だ」と思ったんですよ。
そこで親に「塾に行きたい」と頼んだのですが、「お前はどうせ勉強なんてしないんだから」と断られてしまって。「周りはみんな予備校とかに通っているのに、なんで自分だけ行けないんだろう」と思ったのを覚えています。
「自分はどうせ何をやっても無駄だろう」と思い続けていたかもしれない
ーーー塾に通うお金を出してもらえなかったんですね・・その後どうなったんですか?
結局、半年くらい何度も何度も頼み続けたら、塾のお金は出してくれることになったんです。
最初は大手予備校の一番低いクラスの体験授業を受けました。ただ、そこでも何を言っているか理解するのが難しかった。だから近所の個人塾に行くことにしました。
そこの個人塾は自分のレベルにあわせてくれて、わからない所まで遡って教えてくれたんです。「伴走」してくれる感じで教えてもらえました。最終的には、大学にも受かることができて、自分の人生の中でも大きな転機になったと思っています。
ーーーもし塾に行けていなかったら、どうなっていたと思いますか?
中1からほとんど勉強をしていなかったので、独学で勉強をしていくことを諦めていたのではないかと思います。
最終的に塾に通うお金を出してもらえたおかげで、「周りはみんな塾に行けているのに自分だけ行くことができない」という思いから離れることができた。
もしそうでなかったら、「自分はずっと不利だから、どうせ何をやっても無駄なんだろうな」と心のどこかで思い続けてしまっていたのではないかと思うんです。
周りが塾に行けているという社会状況の中で、自分だけが行けていないというコンプレックスが「自分は今後何をやっても無駄なんだろう」という思いに繋がってしまう、そういう構造があると思います。
努力に応じてひとつひとつ前に進める実感を持てることが勉強の良さ
ーーー大学受験・進学について「転機」とおっしゃいましたね。
自己肯定感が上がったことがとても大きいと思います。
例えば仕事って、いくら頑張っても結果が出ない時は出ないですよね。でも受験やそれに連なる勉強は、勉強すればするほど、過去の自分と比較してできるようになったということがわかります。読めなかった英語が読めるようになったり、解けなかった数学が解けるようになったり。
周りとの比較ではなく、過去の自分と比較すると明らかに前よりできるようになっている。努力するとひとつひとつ前に進めるという実感を持てることが勉強や受験の良さだと思っています。
ーーー確かにそうですね。
キズキをやっている理由にもなるんですが、不登校や中退の子だったりすると、そもそも「自分は特別劣っている存在だ」と思ってしまうことが多いんですよね。周りは学校に行けるのに自分は行くことができない。そして、自分は特別劣った存在なんだと悩んでしまっている。
そんな子たちが、勉強を通じて過去の自分と比較すると少しずつ成長しているなと思うことができる。僕自身、変化を自分の力でつくれたということが自信に繋がっていると思います。
偏差値で教育するな
僕が運営するキズキ共育塾では「偏差値で教育するな」ということをすごく言っているんです。中退や引きこもりをした子だからこそ、その子自身のこだわりもある。
少人数のほうが良いとか、コミュニケーションが苦手な子だったら興味のある資格がとれる学校にするとか、一人一人に合う環境や進路のために何ができるかを一緒に考えるようにしています。
ーーー今回スタディクーポンに取り組むことにした理由にも通じる部分でしょうか?
はい、その通りです。
キズキにははじめは大手の塾に行ってみたけど、結局合わなくて最後にうちに来るという子が多いんです。でも、うちの塾に通っていても、やめてしまう子もいます。その中にはお金が理由の子もいれば、キズキと相性が合わないという子ももちろんいます。
思うのは、色々な困難を抱えている子ほど、相性がすごく大事だということです。キズキが全てをできるわけではなくて、一人一人の子どもたちが自分と相性の合う場所を見つけられるということが一番大事です。
困難を抱えている子ほど相性が大切。だから選択肢が必要。
ーーーなるほど、そうですね。
だからこそ「この塾がダメだったらこっちに変えてみよう」という選択肢があることが大切だと思います。
相性というのは塾もそうだし、塾の先生にもよると思うんです。だからその「選択肢」の必要性を考えたときに、多分クーポンを使って色々な選択肢のなかから選べるという方法が最も良いんじゃないかと思ったんです。
ーーーそこで「クーポン」につながるんですね。
はいそうなんです。
これまでも、キズキに通っている子の中でお金が理由でやめざるを得ない子を見てきました。そこで奨学金の制度を作ったのですが、それでも全然足りなかった。
「お金がなくて塾に通えない」ということがこの社会に明らかな形で存在しているということは、現場で強く感じていました。
ーーー現場で実際に見えていたことがあった。
自分のせいではないことで人生が翻弄されてしまうのって、やっぱり辛いし苦しいと思うんです。僕自身、たまたま塾に通うお金を親が出してくれた。それでなんとか大学に入ることができた。大学に行けなかったら起業したりということは絶対なかったと思っています。
お金によってそのチャンス自体が失われてしまうのは悲しいことだなと思っていました。そこの部分をなんとか支援したいというのがずっと心残りだったんです。
そんなときに、たまたまチャンス・フォー・チルドレンでクーポン事業を推進してきた今井さんと出会うことができた。そして共同で新しい運動を始めることにしたんです。
努力が報われるという経験をクーポンで届けたい。
ーーー最後に、スタディクーポン・イニシアティブに込めた思いを教えてください。
不登校や中退、いじめなど、自分にはどうにもならないことによって、そもそもの努力をすること自体が難しくなってしまうということがあります。
そして、努力が報われるという経験をできるかどうかが、子どもたちのその先の人生で何か困難なことが起こったとき、その困難にうまく対処できるかどうかに大きく影響を与えると思っています。
周りのみんなは塾に行けているから普通に学力が伸びているけれど、自分はお金がなくて塾に行くことができない。「自分は努力しても、何をやっても無駄なんじゃないか。」子どものときにあんまりこういう思いはしてほしくないですよね。
クーポンを使えばその思いを払拭できるのではないかと思っているんです。
渋谷区との第1弾プロジェクトがうまくいけば、このクーポンの仕組みが全国に広がっていくかもしれない。政策へとうまくつなげることで、未来の中学生たちのために続いていく仕組みをつくっていけるかもしれません。
そのためにも、今成功させなくてはいけないと思っています。
企画・執筆
望月優大・松岡宗嗣(SmartNews ATLAS Program)
スマートニュースの社会貢献チーム。SmartNews ATLAS Programではこれまで「子どもが平等に夢見れる社会を残そう」をコンセプトに、子ども領域の非営利団体の情報発信を支援。今回スタディクーポン・イニシアティブにもサポーターとして参画し、プロジェクト全体のデザインや情報発信の側面から支援を行っている。
望月優大 Twitter Facebook / 松岡宗嗣 Twitter Facebook
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10月26日(木)19時から、スタディクーポン・イニシアティブのローンチ記念イベントを行います。ぜひ多くの方の参加をお待ちしています。
▼イベントへの参加はこちらから。
http://peatix.com/event/310920
イニシアティブをともに立ち上げた今井悠介さんのインタビューはこちら。