みんなの力で教育格差をなくそうというコンセプトを掲げるスタディクーポン・イニシアティブ。今回はイニシアティブを立ち上げたリーダーの今井悠介さんに、教育格差という問題に関わるようになった経緯や今回の分野横断的なプロジェクトに込めた思いについて聞きました。
(※スタディクーポン・イニシアティブについて知りたい人はまずこちらの記事をどうぞ。)
【話を聞いた人】
今井悠介 スタディクーポン・イニシアティブ代表
1986年兵庫県生まれ。小学2年生の時に阪神・淡路大震災を経験。関西学院大学在学中、NPO法人ブレーンヒューマニティーで不登校生徒支援に関わる。大手学習塾で教室コンサルタントとして勤務。その後公益法人チャンス・フォー・チルドレンを設立・代表理事に就任。今年10月、NPO・行政・企業・市民が連携して課題解決にあたるスタディクーポン・イニシアティブを始動し、代表として事業を牽引している。
ーーー今井さんこんにちは。今日はよろしくお願いします。今井さんのこと色々聞いてもいいですか?
ぜひぜひ。これまであまり外で話してこなかったことも含めて何でも話しますよ。
お前はもっと上に行け。
ーーーでは早速聞いていきますね。ご自身の高校受験の頃の話を聞かせていただけませんか?
実は僕、塾とか行ってなくて。ずっとバスケ部で部活をしていたんです。僕の家がすごく山奥にあって、受験するとしたら自分の偏差値的には家から山を40分くらい歩いたところにある高校に行くしかないかなと思っていたんです。
山を下りたところにある少し偏差値が高い高校も頑張ればもしかしたらというレベルでしたが、自分自身ではまあいいかなと思っていたんです。
部活を引退したあとに、担任の先生と進路面談したときに「僕、山歩きます」って言ったんですよ。そうしたら先生が「お前はもっと上に行け」って言ってくれて。それで勉強頑張ろうと思ったのが最初です。
ちょうどバスケ部の友達が夏期講習を受けると聞いたので、やる気が高まっていた僕もそれに付いていきました。そうしたら全然授業が面白くなくて、訳がわからなかったんですね。だから、参考書だけもらって自分で勉強していました・・笑
家庭教師のお兄さんが教えてくれた音楽が「かっこええな」って。
ーーー自力でできてしまったんですね笑
ただ、自分一人だけで勉強していたらやっぱりわからない所もあって。自分一人でも難しいし、一斉授業でも難しい。だから、近所に住んでいた家庭教師のお兄さんに来てもらうことになったんです。
そうしたら、その先生が来てくれるようになってから、僕はめちゃくちゃ勉強するようになったんですよ。
その先生はちゃんと授業をしてくれるわけじゃなくて、自分で質問しなきゃいけないんですよ。なので、毎週来てくれるまでにわからない所を見つけて頑張っていたら、成績もすごく伸びて、結局山の下の高校に受かるレベルにまで上がっていきました。
先生は大学生になったばかりの人だったので、「高校こんなんだったよ」「部活ってこんなんやで」って色々な話をしてくれて。先生が毎回一枚ずつ自分の好きな洋楽のCDを置いていってくれて、それが嬉しかったんです。洋楽には元々全然関心がなかったけれど「かっこええな」って思ったり。
彼が毎週来てくれるのが楽しみで、勉強がんばろうって思えていました。あの先生が来てくれていなかったら、きっと山の下の高校には合格できなかったと思いますね。
ーーー家庭教師の先生に出会う前に、学習塾が合わなかったという経験をされているのが面白いですね。
結局やる気になるかどうかだと思うんですけど、僕の場合は担任の先生や家庭教師の先生がすごく良い先生だったというのもあったんだと思います。自分の気持ちにかなり火がついて、夜まで勉強したりして、次第に面白く感じるようになったんです。
「彼にはもう笑う筋肉がないんだ」
ーーー自分で事業を立ち上げようと思ったきっかけは何ですか?
大学生になってからずっと不登校支援の活動をしていたんですよ。不登校の中学生の家に家庭教師に行ったりしていたんです。
大学4年のときに、自分が参加していたブレインヒューマニティー(※チャンス・フォー・チルドレンの設立母体)の能島理事長に無理矢理誘われて、とある外部団体のキャンプに参加しました。15歳から34歳くらいまでの不登校やひきこもり、中退者やニートなど困難な状況にある若者たちとのキャンプだったんですが、彼らと30日間、富士山のふもとで過ごしたんですね。
そこで、今でも覚えている出会いがあって。自分と同年代で、長い間引きこもり状態を続けている方だったんですが、彼の顔が能面のようだったんです。表情がない、というか。
ーーー能面のような顔・・・ですか。
不思議に思って「どうしたんだろう」とキャンプの職員の方に聞いてみたらこう教えてもらいました。「彼にはもう笑う筋肉がないんだ。感情的に面白くないわけではなくて、10年間笑わなかったから、もう笑う筋肉がないんだ」って言われたんです。その言葉にすごく衝撃を受けました。
「もしかしたら、君がいま彼に出会うことができたのは、言葉は悪いかもしれないけれど運が良かったということかもしれないね。君がこれから社会に出て働いていくなかで、彼のような若者に出会うことはまずないだろうから。なぜなら、彼は完全に社会から消された存在だから」という言葉ももらいました。
それからずっと自分の心にこの言葉が残っていたんですが、大学を卒業してから学習塾に就職してみてその意味が少しずつわかってきたんです。
月謝を払えずに塾を辞めてしまった子どものこと。
ーーー新卒で入った学習塾時代のことですね。
学習塾では1年間教室運営をやるという研修制度があって、自分もある地域で教室を運営していました。色々な子どもたちと出会いましたが、やはりあの表情を失った彼のような子どもと出会うことはほとんどなかったんです。
そんななかで、ある母子家庭の親子が教室の上の階に引っ越してきたときのことを覚えています。すぐ上の階に住んでいたので、「学習塾をやってみてほしい、勉強面白いから」と説得に通い続けました。
そうしたら来てくれるようになって、正直その子は勉強が全然できなかったんですけど、でも毎回「すごい楽しい」って言って帰るんですよ。それはすごく覚えています。でも、結局月謝を払えずに辞めてしまったんですね。とても悔しかったです。
学習塾で働き続けていても、なかなか困難な状況の子たちと出会うことはないし、もし出会えたとしてもやれることが少ないということに悔しさを感じていました。キャンプのときに言われた言葉の意味がそのときわかったんです。
そして「自分はこのままでいいのか」とぼんやりと考え始めるようになりました。
これこそがあのとき言われた「圧倒的なニーズ」だと思った。
ーーーそれで、チャンス・フォー・チルドレンを立ち上げることになるんですね。
ここにも実はいろんな背景があるんです。
先ほどの大学生時代のキャンプに参加したあとのことです。能島さんに「自分も将来非営利団体をやってみたい」という話をしたことがありました。そのときにこんな答えをもらったんです。
「今すぐにそんなことをしなくてもいい。もし、本当に非営利団体をやる日がくるとしたら、それは圧倒的なニーズに出会う日が来たときだろう」
「もしそのニーズに出会ったら動けばいいし、出会わなければそのときにいる場所からできることをやればいい」
この言葉がすごく腑に落ちたので、大学卒業後は学習塾に就職しました。それから2年、大きな転機になったのが東日本大震災です。
こんなことがあったんですよ。震災4日前のことでした。そのあとチャンス・フォー・チルドレンを一緒に立ち上げることになる男とたまたま4年ぶりに再会したんですね。
ほんとうに震災のたった4日前だったんです。不登校支援のときも一緒に活動していた男で、4年ぶりに再会して「一緒に何かやれたらいいね」という話をしていたんです。
その直後に大地震が起きた。
これこそがあのとき言われた「圧倒的なニーズ」だと思ったんですね。
自分の中で色々なことが繋がった。彼と一緒に東北で事業を始めようとそのとき思いました。
クーポンだからこそできること。
ーーー「クーポン」という形での支援を選択したのはなぜですか?
学習塾で働いていた時に子どもの能力は多様だというのを見ていました。才能も興味もひとりひとり違う。だからこそ、教育もひとりひとりの子どもたちに合わせる必要があると思っています。
逆に、その人に合った教育や学びの機会があれば、学ぶということは根源的に楽しいことであると信じているんです。そういった機会をひとりひとりの子どもたちに提供したいなとずっと思っていました。
そのひとつの形として「クーポン」という支援の形に出会ったということなんです。クーポンだからこそできることがあって、それは幅広い学びの機会の中から自分に合ったところを選択できるということなんですよね。
ーーーどういったところでクーポンを使うことができるのですか?
今回のスタディクーポン・イニシアティブでは「大手の学習塾」から「地域のNPOが運営する塾」まで、幅広い教育関連の事業者の方からの賛同をいただき、この仕組みに参画していただいています。
これによってクーポンがあれば、子どもたちが自分に合った教育を選ぶことができる、という状況を実現したいと考えています。
自分の人生にとって本当に必要な人に出会えるかどうか。
ーーー今回「塾代格差」という課題の存在を訴えていますね。
今回のスタディクーポン・イニシアティブでは「塾代格差」という課題の存在について発信しています。ただ、僕が本質的に言いたいことは単に塾どうこうという話だけではないんです。もう少し深いところに伝えたいことがあります。
それは自分を支えてくれる人とか、自分の人生を変えてくれる人とか「自分の人生にとって本当に必要な人」に出会えるかどうかということが子どもたちにとって一番大切なのではないかということなんです。
様々な経験や人からの言葉、そういうものに環境の差にかかわらず出会えていけるかどうか。塾もその一つの可能性だと思うんですが、その機会が一人一人の子どもにあるということが大切だと思うんです。
僕だったら、担任の先生がそうでした。家庭教師の先生もそうでした。彼らと出会えたから、行きたい高校に行けた。大学に行くことができた。大学で僕を無理やりキャンプにつれていった理事長に出会えたから、今の自分があります。
そういった一つ一つの大切な出会いがつながって人生になっていくいくんだという感覚がすごくあるんです。
だからこそ、僕は、子どもたちがそうした大切な大人たちと出会う機会が環境によって狭められてしまうということをなくしたい。そうさせてしまう一つの要因が塾代格差であり、その課題に取り組むことで、子どもたちにとっての「本当に必要な人と出会えるか」という機会をいかに狭めずに済むかという本質的に大事な課題に取り組んでいるんだと思っています。
「家族や身近な人以外に自分を応援してくれる大人がいる」と子どもたちが気づくこと。
ーー最後に、スタディクーポン・イニシアティブに込めた想いを。
少しでも多くのスタディクーポンを届けることで、子どもたちに対して「直接会ったことはないけれど、自分の家族や身近な人以外に自分を応援してくれる大人がいるんだよ」ということを伝えていきたいですね。困難な状況にいる子たちにとって、それこそがきっと大きなエネルギーになると思うんです。
スタディクーポンを寄付という形で支えている側の大人たちにとっても、子どもたちの頑張りや笑顔に支えられる部分も必ずあると思います。自分自身いつもそう感じているんです。
そうやって「支援者」と「支援される人」という境界すらどんどんなくなっていけば良いなと思っていて。みんなで支え合えるようなインフラができたらいいなと思っています。
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そういえば、この前学習塾時代の先輩に会う機会がありました。先輩がふいに「スタディクーポンがあれば、月謝を払えなかったあの子も通い続けられたよね」と言ったんです。
あのときの自分にはどうにもできなかったこと。みんなの力を借りて、少しでも解決していけたらと思っています。ぜひぼくらの仲間になってください。
企画・執筆
望月優大・松岡宗嗣(SmartNews ATLAS Program)
スマートニュースの社会貢献チーム。SmartNews ATLAS Programではこれまで「子どもが平等に夢見れる社会を残そう」をコンセプトに、子ども領域の非営利団体の情報発信を支援。今回スタディクーポン・イニシアティブにもサポーターとして参画し、プロジェクト全体のデザインや情報発信の側面から支援を行っている。
望月優大 Twitter Facebook / 松岡宗嗣 Twitter Facebook
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10月26日(木)19時から、スタディクーポン・イニシアティブのローンチ記念イベントを行います。ぜひ多くの方の参加をお待ちしています。
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